光光太郎の趣味部屋

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映画:見知らぬ乗客 ~欲望が実現してしまう悪夢~

殺したいほど人を憎む経験は、誰にでもあるだろう。

もしそれを見透かされたら?実現してしまったら?恐らく達成感よりも後悔と恐怖が襲うだろう。

 

今回は前回紹介した「ヒッチコック傑作集」に収録されている傑作サスペンス

 

見知らぬ乗客

 

の感想を書いていきたいと思う。

 

見知らぬ乗客(字幕版)

 

 

作品情報

公開年:1951年

監督:アルフレッド・ヒッチコック

脚本: レイモンド・チャンドラー
    チェンツイ・オルモンド

音楽:ディミトリ・ティオムキン

(「素晴らしき哉、人生!」「遊星よりの物体X」「ダイヤルMを廻せ!」等手掛けたのは名作ばかり!!!)

原作:パトリシア・ハイスミス

(2015年「キャロル」の原作者!)

撮影:ロバート・バークス

(本作でアカデミー撮影賞ノミネート、ヒッチコックの作品を数多く担当)

編集: ウィリアム・H・ジーグラー

出演:ファーリー・グレンジャー(ガイ・ヘインズ)
   ロバート・ウォーカー (ブルーノ・アントニー) 

 

ヒッチコックは原作付きの映画を数多く手がけており、今作もその一つ。

 

見知らぬ乗客 (河出文庫)

 

雑感

まずは一言、大傑作!

マチュアテニスプレーヤーのガイが電車の中で偶然出会った人物、ブルーノから「交換殺人」を持ち掛けられてからスピーディーに物語は進んでいく。(どうでもいいけど、ヒッチコック作品には結構な頻度で「完全犯罪を考える奴」が出てくるな)

主人公ガイはヒッチコックお馴染みの「疑惑をかけられた男」として苦闘していくが、今作は「疑惑をかけた男」ブルーノが常に付きまとうのが新鮮だ。

小道具を活かした演出もキレッキレ。特に今回は「見る、見られる」を痛烈に意識させるものが多い。ここら辺は「裏窓」に繋がるか?なんにせよ、「見る」で観客を引き付けて「見られる」でショックを与えるコンボの破壊力は凄まじく、ドンドン映画にのめり込ませてくれる。

決戦の場はメリーゴーランド。やっぱりヒッチコックの終盤決戦と言えば背景合成、特撮であるなぁ。これに限らずありとあらゆる事象が身近なもので構築されているので、誰もが簡単に登場人物の心情や感覚をイメージしやすいのが今作の特徴だろう。

(場所といい状況といい、ドラマ版の「パニッシャー」を連想してしまう)

 

 

恐怖のサイコパス

さて、何よりも語るべきは稀代のサイコパスであるブルーノだろう。マッドサイエンティストでも殺人狂でも政治結社でもない、何を考えてるのか分からないタイプ、こうなるのが自然だろ?とでも言いそうな狂人だ。もしかしたら映画初のサイコパスかも?「狩人の夜」のロバート・ミッチャムは今作のロバート・ウォーカーの演技を参考にしているに違いない。

狩人の夜 [DVD]

彼をサイコパス足らしめるのは、行動力とその境遇だろう。

 

ブルーノは喧嘩力や知力があるわけでも、絶大な権力を持つわけでもない。あるのは常識をものともしない行動力である。常にガイの先手を打ち、窮地に追い込んでいく。そもそもの交換殺人も、先にこちらが殺してしまえば全ての罪を相手に被せることが可能なので、やはり行動力がものを言う作戦だ。ガイに対する執拗なストーキングや殺人脅迫も何もかも、目的達成の為には手段を選ばず労力も惜しまず自分一人で完遂してしまう類まれな行動力のなせる業だ。

 

また、彼はいい年をして実家暮らしであり、若干マザコンの感がある。父への妄執をみるとファザコンも入ってるかも。母親も母親でオッサンになった息子をいつまでも甘やかしているし、描く絵は悪夢そのもの。もしかしたら、家族関係が生み出したサイコパスなのかもしれない。ここら辺はもろに「サイコ」へ繋がる要素だ。

 

 

欲望を引き出す悪魔

ブルーノの恐ろしい面はまだある。それは非常に弁が立ち、周囲の人々を引き込んでしまうことだ。それこそが、本作を単なるサスペンス映画でなく、人間の暗い暗い心理を浮き彫りにする、観客の心を惹き付けて離さない、抽象的な面でも大傑作にしている所以だろう。

 

冒頭、ブルーノは積極的にガイへ話しかけていく。気さくなトークにガイはつい口を滑らせ、妻と別れて恋人と結婚したいと漏らしてしまう。好機とみたブルーノは完全犯罪として「交換殺人」を持ち掛け、申し出を否定するガイを無視して彼の妻を絞殺してしまう…つまり、秘めたる欲望を言い出しさえしなければ、ガイは殺人の容疑をかけられることはなかったのだ。その後ブルーノはまるで「俺はアンタが本当にしたいことをしてやっただけだぜ?」といった態度でガイへ付きまとう。

 

悪夢というのは往々にして、心の底にあるものが脳内イメージとして湧いてくるものだと思う。となれば、ガイの抱えていた自己中心的な欲望がある意味で解放された今回の一件は、正に悪夢だと言えるだろう。ブルーノは欲望の導火線に火をつけた種火であり、人を誘惑し理性を破壊して本心をむき出しにさせる悪魔であるようだ。ガイはブルーノに散々翻弄されたが、結局の所妻がいなくなって恋人とくっつきめでたしめでたしである…というのがなんとも皮肉だ。

 

我々の生活の至る所に「ブルーノ」は存在するし、いつきっかけを与えてくるか分からない。いい結果になったとしても、一生引きずる傷を負うかもしれない…そんな恐怖を観客に突きつけ自分事にさせてしまう。私は彼を一生忘れないだろう。

 

 

そろそろ結びといこう。今作は頭空っぽにして楽しめるジェットコースターサスペンスの大傑作であり、観たら必ず自分を振り返ってしまう不思議な物語でもある。現代サイコパスものの(ほぼ)元祖としても見逃せない。レンタル店で扱われていることも多いので是非一度観てみては?

 

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