光光太郎の趣味部屋

Twitter感覚で趣味や心情、言いたいことをつらつらと。

映画:千と千尋の神隠し ~現代、親のいる子供が主人公になったわけ~

ジブリ再上映企画で「風の谷のナウシカ」そして「もののけ姫」を観てきた。初めて映画で観るジブリのアニメーションはとんでもなく面白く、幼い頃把握していたストーリーの100倍は奥深い物語を楽しむことが出来た。そして7/1に観てきたのは、私がジブリの中で最も舐めくさっていた作品

 

千と千尋の神隠し

 

である。ナウシカの感想でも書いたが、これもまたぶっ飛ばされた。そしてナウシカもののけの後に観て良かったとも思った。光光太郎です。

 

贅沢な名だねぇ…今日からお前の名前は光(みつ)だ!

千と千尋の神隠し [DVD]

千尋は可愛くないと思ってきてたんですが、無茶苦茶可愛かったです

 

 

鑑賞後ツイート

言いたいことは殆どツイートしてるので、ブログでは改めて書きたいことだけ書きます。

 

eiga.com

 

 

現代、親のいる子供が主人公になったわけ

千と千尋の神隠しは、公開当時の現代日本から始まる物語である。つまり主人公少女である千尋は、今の日本を生きる子供なのだ。フィクション世界や過去日本の人物を描いてきた宮崎駿監督作品としては非常に珍しいため、どうしても意味づけを考えてしまう。そしてこれこそが、私が千と千尋の神隠しにぶっ飛ばされた最大の理由である。

手前勝手な推論になってしまうが、嫌になったらタブを消して欲しい。

 

結論から言えば、今作は明確に現代の少女をターゲットにしており、彼女達へ語る為にこの設定が必要だったのである。

制作のきっかけは、宮崎駿の個人的な友人である10歳の少女を喜ばせたいというものだった。この少女は日本テレビの映画プロデューサー、奥田誠治の娘であり、主人公千尋のモデルになった[10]。企画当時宮崎は、信州に持っている山小屋にジブリ関係者たちの娘を集め、年に一度合宿を開いていた。宮崎はまだ10歳前後の年齢の女子に向けた映画を作ったことがなく、そのため彼女たちに映画を送り届けたいと思うようになった(ウィキペディアより)

 

では、現代に生きる子供達へ届けるべきメッセージとは何なのか?最初観ているうちは「子供の成長」なのだろうと思っていたが、最後の最後でそれを「人と自然の関係性」で包み込むことになる。ここで特に語りたいのは後者だ。何故なら直近で観た風の谷のナウシカもののけ姫(以降”ナウもの”と略す)の流れを汲んでおり、その語り方の変化に号泣したから。

 

千と千尋の神隠し [Blu-ray]

 

”ナウもの”からの変化

ナウものでは「人と自然の関係性」は対立構造となっていた。人対王蟲、人対土地神…ナウもの間でも差異はあるものの、双方傷つけ合う中でどう折り合いをつけるかというシリアス物語なのは共通している。宮崎駿のうねりにうねった怒りにも近い情念が迸りまくっているのも、鋭い批判を投げかけているのも、自己完結表現作品っぽいのも共通していると思う。ナウものは激しく、ビターな作品であり、メッセージの受け取り手は大人であろう。少なくとも、子供向けに作っているとは思えない。

 

対して千と千尋は前述した通り出発点が「子供への贈り物」であるため、いつも通りのテンションではやれない。人死やグロ描写を通してのドラマは描けない。作家怒りの自慰行為を見せていい相手ではない。しかしそれでも「人と自然の関係性」を選び、ナウもの以後の視点として、現代を舞台にした世界で語るためにアップデートして描いているのだ。

 

では現代とは何か。自然が失われた世界である。

地球温暖化対策推進法の制定(1998年)| 地球化時代の大気汚染(1990年代~2000年:平成元年~平成10年代前半)|日本の大気汚染の歴史|大気環境の情報館|大気環境・ぜん息などの情報館|独立行政法人環境再生保全機構

 

ナウシカは荒廃しているものの自然再生の見込みがある、もののけは人間が自然を犯し始めた時期の話だが、現代(2001年当時)は既に環境破壊が進み自然復興は難しい段階にある。子供たちは自然が消滅していく時代に生まれ、失われた時に自ら生活していくことになる。

そんな現代を作ったのは誰か?千尋の親やそのまた親の世代だ。子供は先人たちが作り上げてしまった世界で生きるしか選択肢がない。両親が千尋の言うことに全く耳を貸さないことからも、子供に選択肢は無いことが分かる。(ちょっと逸れるが、千尋は最初本当に何もできない。すぐヘタレるし動けないし礼儀も知らない。豚になるほどモラルの無い親の元で育てられたからだろうか。キツイ批判である。)

 

親たちによって自然は破壊され、自分たちではどうすることも出来ないのに環境破壊を止めるような運動を求められる…そんな子供達に対して、正に親や祖父世代である宮崎駿が「自然と共に生きろ」などと言えるだろうか?自然を汚すのは止めましょうと言えるか?ナウものの様に語るのはお門違いであり、むごすぎる。

 

環境問題の変遷

https://www.teikokushoin.co.jp/journals/society/pdf/201102/09_hssobl_2011_02_s02a.pdf

 

 

いつも自然は共にある

今作が語る人と自然の関係性、それは「失われたとしても、共にあり続ける」というものだ。例え土地そのものが無くなったとしても、そこにいた神々はどこかにいるし、そこで過ごした日々は確かに人間と共にあると。当人が忘れていても確かに残っているものだと。人間が汚してもなお記憶として経験として共にい続けてくれるのが自然なのだという、ナウものから考えれば余りにも優しい帰着に、涙腺は耐えられなかった。ナウものからの変化を感じているからこそ、耐えられなかった。人間寄り過ぎる視点ではあるものの、現代の子供と自然とを対立させたくなかったのかもしれない。

湯屋に来るお客さん達は冒頭で語られるように八百万の神々、つまり自然である。千尋湯屋で経験したこともまた、自然との交流であると言えるようになる。前述した通り、ラスト付近で自然との関係性に戻ってくるという構成にも、泣いた。

 

ラストのラスト、湯屋一堂に祝福されながら、成長した千尋はトンネルを抜けて現代へ戻る。すると、来た時とはトンネルの外観が異なっているのだ。もしかして、あそこでの出来事は夢だったんじゃないか?また失われてしまったんじゃないか?と思ったのもつかの間、そこには冒頭とは異なり強い意志を持つ千尋の顔と、銭婆から貰った髪留めが見えた。確かにあったし、今も一緒にいるのだ!!!と示して去ってすぐエンドクレジット。「成長」と「人と自然の関係性」をポジティブに語りきってからの見事すぎる幕切れ。本当に、ぶっ飛ばされた。

 

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冒頭のトンネル外壁は赤色である

 

 

千尋の名前について

少しオマケ。

名前が非常に重要な意味を持つ今作において「千尋」という主人公の名前は、良い名前だと言われ続ける名前は何を意味するのか?

奪われる「尋」は、尋ねるという漢字である。音読みでは「じん」となり、水深を表現するのに用いられたそう。

ichigoichina.jp

 

長さや深さを表す尋に千がついて「千尋」となると、山の高さ、海や谷の深さを表現する言葉にもなる。自然の雄大さをたたえるような言葉だ。また、千尋は、千が訪ねる、千を尋ねる、ともとれる。湯屋で様々なものと出会い成長した千尋にピッタリだ。

mayonez.jp

 

思ったこと箇条書き

更にオマケ。

クトゥルフ神話っぽい神々(顎に触手)

・親が豚になる

➡トラウマ。親が欲望に支配されて豚になり、あまつさえ暴力を受ける。こんな親は豚同然よ!というパヤオマインドなのかもしれんが、頼るべき存在が醜く変貌を遂げて助けてくれないというのは、本当に怖かったもんだ。

千尋の体が透ける

➡自分を確立していない状況で頼れるものがいなくなり、自分の存在そのものが希薄になってしまっている?そんな彼女が「自分」を作っていく話。

・お父さんの車が左ハンドル

湯屋では女性従業員が神々を洗うサービスを提供している

➡どうみてもソープであり、RDR2でもあった。

・おにぎり滅茶苦茶デカい

君の名は。のクソデカおにぎりはこれが元ネタか?

・壁ドンするハク

・リンだけが前掛けを腰に巻いている

➡つまり勤務中は…

※思い出し次第加筆する

 

 

さてそろそろ〆る。

正直たとえこれを当時映画館で観たとしても、すげぇとは思っても感動することはなかったろう。ナウシカもののけと続けて観たことで作家宮崎駿の変化の軌跡を映画館で観てきたからこそ、感動が倍増したのだ。ジブリを舐めたままでいた自分を反省するとても良い機会になったので、今後もジブリ作品を復習していこうと思う…という旨を千と千尋鑑賞後すぐに母さんへ電話して伝えた。

www.youtube.com

 

 

 

映画:風の谷のナウシカ ~天才が変える世界~

ジブリ映画と言えば…金ローで何度もやっている「国民的アニメ」という印象が強い。その割にグロいシーンがいっぱいあるし難解な話も多いのに、やたらと周囲が好き好き言う。子供の頃は、いやこれ以外にも面白いのあるでしょ!と卑屈になっていたもんだ。TVで観たことしか無いのに知った気になり、偏見を持ち、ここまで来てしまった。

 

しかしコロナによって映画館が危急存亡の今「一生に一度は、映画館でジブリを」ということで

 

風の谷のナウシカ

 

を観てきました。舐めた態度をぶっ飛ばす、エンタメ傑作でしたよ。光光太郎です。

 

www.ghibli.jp

 

 

 

TVではなく映画館で

ジブリと言えば、金曜の夜、ご飯を食べながら観る映画である。ミキプルーンのCMに飽き飽きし、眠くなってきたら寝る。レンタルでは観ない。そんなテンションである。ひねた子供に対して母はジブリ大好きだったので、よく話を聞いていた。

そんなこんなで、ナウシカ劇場初鑑賞。なんならジブリ作品(ナウシカは厳密には違うらしい)を自分の意思で映画館で観るのも初だったが、前述した通りぶっ飛ばされた。何度も何度も観て読んで聞いてきた話ではあるものの、全く異なるものを観ているよう。やはり映画館で、集中して一気に観ると、作品エネルギーの強さ、そして作家宮崎駿のオタクスピリットを直に感じる。

さて、いつも通り個人的な感想を書いていくので、作品情報やスタッフの証言などは他のページや本などを参照されたし。

風の谷のナウシカ (映画) - Wikipedia

ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ (文春ジブリ文庫)

メイキングに纏わる本としては激安 

 

 

完璧超人、ナウシカ

TVで観ていた頃から、ナウシカというキャラクターがよく分からなかった。メーヴェを駆るお姫様で知識人であり自然への理解もあることは分かるがそれは属性というか役割であり、人物像が見えてこないのだ。

 

劇場で観て理由が分かった。ナウシカは成長する必要の無い天才なのだ。

 

優しく強く学があり人望もあり自信過剰になることも無く人間や自然の為に全力を尽くせる人物…徹頭徹尾これで克服するべき弱さをほぼ持っていない。人を殺して落ち込み、それをきっかけにして「命の奪い合い」を止めようとするものの、成長と言えるほど劇的ではない。中盤で腐海王蟲の役割を知るものの、当初から研究しているため自然破壊には難色を示すはずだ。


風の谷のナウシカ 全7巻箱入りセット「トルメキア戦役バージョン」

 

ラストの自己犠牲さえ、物語当初であっても行えただろう。それだけの強さ賢さを持つキャラクターがナウシカであり、それこそがナウシカの魅力なのだ。男女の観客全てを虜にする強さを持っているというわけ。むしろ成長要素は敵役のクシャナ殿下にあてられている。

 

 

(偏見溢れる文言をどうか許して欲しい)

メカ、銃器、ナイフを巧みにカッコよく扱う女の子を、オタクが嫌いになるはずはない。

おしとやかで快活なお姫様を、嫌いになる男がいるか?

男を打ち負かし、どんな状況下でも的確に指示出しをする姿に、憧れを抱く女性は多いだろう(私も憧れる)。

学問と研究に理解があり世界を解き明かそうと努力するのは、勉強する子供達には煌めいて見えるのではないだろうか。

 

そして何よりも、可愛く美しくカッコよく描かれているナウシカの姿に見惚れない人がいるだろうか?「絶対に美人に描いてやる!!!!」宮崎駿の執念を最も感じた所だ。どんな時でも挫けず前を向きすべきことする、そんな強さがナウシカのキャラクター性なのだ。

 

風の谷のナウシカ [DVD]

カッコよすぎる

 

 

一人の天才が救う物語

そんな強いキャラクター性が裏目に出てしまったのがストーリーであり、ラストだ。

 

結局の所、超強いナウシカの頑張りによって王蟲の進行は止まり、トルメキアと和解も出来たことになる。途中でペジテの人々やアスベル等から手助けしてもらうものの、それは状況からの脱出に過ぎない。王蟲を止める力と決断はナウシカに元々備わっていたものであり、誰かとの交流により成長した結果の行動では無いと思う。

人間同士の戦いを止めようとしていたのはユパも同じだが、どちらかと言えば「巨神兵だけは止める」ための行動に近いだろう。

タケヤ式自在置物 風の谷のナウシカ 王蟲 ノンスケール ABS&PVC製 塗装済み完成品 アクションフィギュア

幼児にトラウマとロマンを植え付ける王蟲…スクリーンだと怪獣にしか見えない。これ以外の蟲達も恐ろしく、そしてカッコいいのだ

 

戦争も、自然との衝突も、全てナウシカの素質に基づく自己犠牲行動で止められた。

確かにヒロイックかもしれないが、それなら民衆なんてのはいらないのだ。無茶苦茶出来る人が頑張るだけでなんとかなるなら、勝手にやってくれ…と卑屈になりきらないギリギリのラインを保っている作品であるとも思う。

 

 

天才と触れて変わる人々

何度も「ナウシカは完璧」と書いてきた。つまり対照としての周囲は完璧ではなく、彼らこそがナウシカとの交流によって変わり成長していく。

 

顕著なのは前述したクシャナだろう。ガチガチに着込んでいた鎧を脱いで再登場するように視覚的にも変化が分かりやすい。当初は厳しく強硬派だったものの、腐海でのナウシカの行動を見てからは少し態度が柔らかくなり、エンディングではナウシカと対等に話していた。彼女によってトルメキアも変わっていくだろう。

風の谷のナウシカ 3 (アニメージュコミックスワイド判)

個人キルカウントでは作中最多クラスのアスベルも、ナウシカとの出会いを境に心境が変わっている。ペジテも彼によって変わっていくはずだ。

ナウシカは完成された天才であり成長することはないが、彼女を目撃した人々は変化するし、その人々によって世界は変わっていくだろう。ナウシカだけでは世界を変えることは出来ないのだから。

 

 

アルティメット・オタク・ムービー

色々と書いてきたが、今作はまごうこと無き「オタク映画」だ。綿密に練り込まれた設定を、細部にまで拘り尽くして描写することそのものが目的化しているように見えるほどだ。独りよがりさともとれるが、これによって世界観が非常に豊かになっていることも事実だ。腐海関連は言うに及ばず、風の谷の文化やトルメキア達の軍備、それぞれの服飾などに至るまで明確に意味を持たせて描き分けている。

 

 

そもそも、冒頭の冒頭で、銃弾の火薬とライフルのボルトを利用して連鎖爆発を起こすシーンを描くようなアニメが、オタク・アニメじゃないわけがないのだ。よく説明もせずに専門用語をバンバカ使う(しかし映像では分かる様にしている)のもオタク・ムービーっぽい要素だ。ドッグファイトへの異常な拘りもそうだ。これは劇場のスクリーンだからこそ映えるシーンだった。というかドックファイト多すぎなんだよ!でも全部面白い上に状況が違うという凄まじさ…。違いと言えば王蟲を始めとする蟲達のデザインも秀逸だ。単に見た目の違いだけでなく、この蟲はこういう特徴があって、この蟲はこう攻撃する、と言うのを全て映像で分かる様に描いている。

 

クシャナの変化でも触れたが、宮崎駿は何よりも映像で物語を語る作家だと改めて実感した。自己満足、自己完結優先なのかもしれないが、自分が良いと思うエンタメの追求であり、アクションで語るそれは観客にとっても楽しいものなのだ。

ジ・アート・オブ 風の谷のナウシカ (ジブリTHE ARTシリーズ)

 

トラウマ箇条書き

・ボロボロにされた王蟲の子供

自然、それも神々に近い様な王蟲を犯す背徳感。見た目のえぐさは勿論だが、子供を利用するという外道の所業も衝撃だった。人間によって迫害される自然というモチーフは今後も続いていく。ナウシカの語り直しであるもののけ姫は顕著だろう。

・幼いナウシカに伸びる大人たちの手

問答無用で子供を襲う無数の手。王蟲よりも巨神兵よりも、話の通じない目も見えない大人達の方が怖かった。うようよすな!!!

・火の七日間の巨神兵

グチョグチョ形態よりもほぼシルエットで示されているあっちの方が何倍も怖い。

ナウシカのおっぱいに関するネット記事の多さ

宮崎駿が言及してるからって書きすぎ。想像でカップ数まで書くなよ!

 

 

そろそろ〆たい。この文字数に何時間かけてんだ。

とにもかくにも、ジブリ映画を「映画」として再認識する絶好にして唯一の機会であることは間違いない。上映している限り、何度も足を運ぶことになるだろう。映画として楽しめるうちに、幾度でも。2回目観た時は、ナウシカもまた違って観えるかもしれない。

 


『風の谷のナウシカ』 特報【6月26日(金)上映開始】

最近読んだ本:幼年期の終り

幼年期の終り

こんにちは。光光太郎です。

 

SF熱が高まり何かいい小説ないかと探したところ、目についたのがSF史上の傑作と名高い「幼年期の終り」(原題は「Childhood's End」読み終わるとなるほどとなる)だった。ところが読んでみると、確かに思考実験SFとしての面白さはあるのだが、読後感としては「泥臭く人間臭い物語」という印象が強かった。

こういう話、好き。

 

 

はじめに

幼年期の終り」はアーサー・C・クラークによって1952年に発表された小説である。

あらすじはこうだ…

地球上空に、突如として現れた巨大な宇宙船。オーヴァーロード(最高君主)と呼ばれる異星人は姿を見せることなく人類を統治し、平和で理想的な社会をもたらした。彼らの真の目的とは何なのか?

これ以前にもH・G・ウェルズによる「宇宙戦争」を始め様々なSF小説が刊行されていたし、映画でも1951年「地球の静止する日」がある。異星体との邂逅も理知的な異星人との出会いにも先行作品があったわけだが、とてつもなくデカいUFOを出したのは「幼年期の終り」が最初だと言われている。「インデペンデンス・デイ」の都市をまるごと覆う巨大な宇宙船の元ネタなわけだ。

 

ビジュアルイメージ以外でも「人類の進化」というテーマや「宇宙人による人類の飼育」というアイデアは後続作品に絶大な影響を与えているらしい(Wikipedia情報)。アーサー・C・クラーク自身も後に非常に似た要素を持つ「2001年宇宙の旅」を手掛けている{これはスタンリー・キューブリックとの映画と小説合わせての共同製作だったらしい(日本で言うとデビルマンのアニメと漫画の関係性に近いか?違うか…)}。

特撮系でパッと思いつくのは「仮面ライダー鎧武」だろうか。

なんにせよ、高次の存在によって進化を促される人類というのはフィクションで誰もが一度は見ている構図だろう。

 

ネタバレ無し:思考実験の面白さ

もし宇宙人が現れたら人類はどうなるか?現実的な世界、等身大の人間たちが活きる社会に異物が紛れ込んだらどんなことになるか?アホらしい要素を真面目に思考実験した結果をリアルに描写されること自体が感動を呼ぶのは勿論のこと、物事を客観視する良い機会にもなるのだ。

今作の思考実験は、圧倒的な知性と技術力を持った存在が現れたら人類はどうなるか?また、その存在はどう人類と関わるのか?というもの。これが政治宗教文化娯楽全てにおいて徹底されている上に、文章表現が非常に知的かつユーモアに富んでいるのだ。正直言って本編の4割以上は思考実験の説明に充てられているのだが、苦も無く読み進められるのはその表現力の豊かさと絶妙なタイミングで挟み込まれる皮肉交じりのユーモアがあるおかげだろう。

とにかく「頭のいい奴」の最上表現を楽しめるのは間違いない。

GODZILLA 怪獣黙示録 (角川文庫)

思考実験として無類の面白さを誇る小説。ゴジラ知らなくても楽しいぞ!

WORLD WAR Z 上 (文春文庫)

もし世界各国にゾンビが現れたら…。

 

ネタバレ無し:侵略理由を読み解くミステリー

序盤から終盤にかけて人類側は常に「何故オーバーロードは地球へ来たのか?」という問いを抱いている。突如現れ地球へ様々な支援を行うこの異星の友は、一体何の目的があってこんなことをしているのか…100年に渡るこの物語を読んでいく中で読者もまたこの謎に困惑することになる。つまり今作はミステリーでもあり、オーバーロードが行うあまりにもまどろっこしい支配の手順や人類との交流等から彼らの目的を読み解いていく面白さもあるのだ。

まぁミステリーと言うには提示される情報が余りにも少ないのだが…それでも物語を読み作品内宇宙の事を考えれば、かなり序盤から謎のヒントが明示されているとも思う。オーバーロードの目的を考えるということはオーバーロード自体を考えることでもある…。

 

ネタバレ有り:オーバーロードとは

普段ネタバレはあまり気にしないが、今回は敢えて分けてみた。

非常に理知的で上品な物語だなと読み進めた「幼年期の終り」であったが、最後までいくと全く異なる印象になった。これは、オーバーロードであるカルレンが主人公の、種に対する絶対的な諦めと嫉妬、それに対する一筋の意地についての物語だったのだ!なんて泥臭く、人間臭い物語であろうか!

 

このドラマのキモは前述した構図、関係性にある。最初は次の図の様に、オーバーロードが人類を支配統治していた。

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しかし終盤になるとオーバーマインドという更なる上位存在が登場し、関係性がガラリと変わる。人類はオーバーマインドへと進化できる種族であり、オーバーロードは人類を育て「幼年期を終わらせる」存在だった。更に言えば彼らの進化は完全に止まっており、オーバーマインドの指令をこなすだけの種族になっていたのだ。

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幼年期であるものの進化の可能性がある人類と、 圧倒的な力を持つにも関わらず成長出来ないオーバーロード。最後カルレンは100年に渡り監視し続けた人類への嫉妬をスピーチにのせる…。我々で例えると、ミジンコを霊長類超えの超越者へと進化させるようなものだろうか?

 

この小説のテーマは「進化とは何か?」であると言われる。と同時に「やりたいことをやれる幸せ」や自己実現についてのお話でもあると思う。天文学者のジャンはほんの小さな手掛かりからオーバーロードの母星を突き止め、宇宙へのロマンに突き動かされて危険な旅を実行した。オーバーロードの出現によって宇宙開発がストップした世界で押さえつけられていた彼の夢は実現されたのだ。カルレンはさぞかし嫉妬しただろう。やりたいことを成し遂げたのだから。

 

オーバーマインドへと無理やり進化させられた人類は幸せだったろうか?宇宙規模でいえば、オーバーロード達からすれば幸福なことなのだろうが、人類視点でいえば生活を滅茶苦茶にされたわけだから幸せだとは断言できない。

カルレンは人類の遥か先を行く存在だが、オーバーマインドへ進化したいという欲求が果たされることはない。彼は夢を抱いてあがき続けることしか出来ない。彼もまた幸せとは言えない。

更に言えば、人類とオーバーロードの関係が逆転したように、オーバーマインドにもまた更なる上位存在がいるのかもしれない。彼らも次への進化を果たす為に、もしくは上位存在の支配から脱却するために同族を増やしているのかもしれない。

 

劇中で最も幸せそうなのは、満足感を得ているのはストルムグレンやジャンといった人間達だけだ。彼らの幸せや自己実現は劇中で語られる出来事の規模からすれば実にちっぽけなものだが、幸福感を得ているのは確かだ。

どれだけ高次の存在へ進化しようとも、やりたいことが出来ない状態は幸せなのだろうか…?自己への諦めに支配されて嫉妬に狂い見果てぬ夢にしがみつくカルレンよりも、欲しいオモチャ買えて本も読めて仕事にも程ほどの達成感を抱いている私の方が幸せなのかもしれない…。

 

最初読んだ時の印象からは全く予想できなかった、とても身近で人間臭い結末。

明日を生きるためのちょっとした考え方を得るにはもってこいの物語だった。あとやっぱ頭いい人同士の会話を読んだり聞いたりするのはそれだけで面白い。

映画:スクール・オブ・ロック ~自己表現のロック~

こんにちは。光光太郎です。Twitter感想の引用だ!

スクール・オブ・ロック (字幕版)

スクール・オブ・ロック (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

VHS以来久々に「スクール・オブ・ロック」観た。ドロドロに泣いちったよ。俺はロック知識は皆無だけど、自分の言葉を持って表現することがロックでありそれは教育上大変よろしいということがよく分かりました。ロックは万病に効く。好きなことを好きなようにする!!!

ジャックブラック演じるデューイは物凄く自己中だし人を騙すのを厭わない奴なんだが、ロックへの情熱と好きなことを好きなようにやる痛快さによってギリギリチャーミングになっているよね。こんなに何かを好きになれるのか!と見るだけで元気になれる。

彼の何よりも素晴らしい所は子供達を一切舐めないこと。お前らすげぇじゃん!これやってみ!ほら凄い上手い!いいじゃん最高!と声を大にして直接伝えている。楽器演奏出来ない子達にも適材適所の役職を与えるし「これが如何に重要なことか」をしっかり説明する。これは中々出来ない。

最初デューイは利己的行為としてロックを教えるんだけど、生徒のザックが親に叱られている、抑圧を受けている一部始終を見た後には彼へのセラピーとしてのロック授業を行うんだよね。ムカつくことはなんだ?言葉にしてみろ!歌い上げろ!表現してみようぜ!遂にザックは声に出す。
ここでボロ泣きよ。

そしてザックは後半で彼の言葉と音で彼なりの反抗を歌にまとめるんだよね…そしてそれを滅茶苦茶に褒めてクラス全員で高め合おうとするデューイにまた泣く。ザックのロックはクラスのロック、皆の気持ちと好きの代弁となってラストのバンドバトルに繋がる。ボロ泣きよ。

スクール・オブ・ロック、デューイは確かに働かないしろくでなしかもしれないが、ロックにかけては誰にも負けない知識を身に着けその使い方を鍛錬してきたんだよね。自分の好きなものをとことん勉強し教えられるほどに体系化し教育として出力する方法も知っている。これぞ教育の見本ともいえるような。

映画:スーパー戦隊MOVIEパーティー ~完璧なクロスオーバー・ドラマ~

スーパー戦隊MOVIEパーティー!!!!!

 

こんにちは。

光光太郎です。

 

今回は最新+旧+未来のスーパー戦隊達+プリキュアが競演した映画の感想です。

 

 

リュウソウジャーと私

まず少し前置きを。

今作は現在放映中のスーパー戦隊「騎士竜戦隊リュウソウジャー」(以下リュウソウ)と、一作前の「快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー」(以下ルパパト)とがクロスオーバーし共に戦うお話だ。題名の通りルパパトは怪盗と警察にそれぞれ戦隊がいるので3つの戦隊がチームアップすることになる。更に初めての試みとして、次回作「魔進戦隊キラメイジャー」のエピソードゼロが同時上映され、最後にオマケとしてプリキュアと共演しダンスを踊る!!

 


劇場版 騎士竜戦隊リュウソウジャーVSルパンレンジャーVSパトレンジャー/魔進戦隊キラメイジャー エピソードZERO【スーパー戦隊MOVIEパーティー】 SPOT映像(30秒)

 

ところで私はリュウソウを殆ど観ていない…。確か夏あたりまでは追っていたが、あまりにも進まないメインストーリーと寒すぎるギャグの数々に参ってしまい、仕事が忙しくなったことも重なって段々遠ざかっていった。なのでリュウソウがTVにおいてどんな魅力がありどう映画に活かされているかを記すことは出来ない…が、2019年夏に公開されたリュウソウ映画は非常にカッコよく、楽しんだ記憶がある。

 


『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer/騎士竜戦隊リュウソウジャー THE MOVIE』予告

 

お話はまぁアレなんだが、とにもかくにもカッコいいシーンがてんこ盛り。映画の大スクリーンでヒーローを観ること自体興奮するが、変身シーンから名乗り戦闘に至るまで全てが震えるほどカッコよかった。下記ツイートにもある通り、演者のスタイルの良さが映画の大スクリーンに映えまくりなのだ。鋭く光る銀色が強調されるスーツやプロップも抜群にカッコいい。

 なので私の中でリュウソウは「映画でカッコよくなる戦隊」というイメージが強い。

 

■ルパパトと私

続いてルパパト。こちらは1年通して鑑賞しスーパー戦隊の中でも屈指の名作だと断言出来る。敵組織をあくまでも盛り上げ要因と割り切り、2戦隊の関係性燃えを押しまくったことによる濃密な人間ドラマが見どころだ。大切なものを取り戻す為に邪道を進む怪盗と、平和を守る為に正道を貫く警察。それぞれに譲れない思いがあり何度もぶつかるものの、時には互いに影響し合って成長したりもする。

 

販促の都合上怪盗側のみがパワーアップを続けるが、精神面で危うさがある「子供」な彼らにはむしろ戦力増強が不可欠だったように思える。対して警察側はほぼ完成された精神と技術、何よりも職務への誇りを持つ「大人」なので、既存装備のみで安定した対処が可能であるとも考えられる。

 

邪道と正道、子供と大人、ヴィジランテと警察…幾重にも重なった対立構造が生み出すドラマだけでなく、斬新なカメラワークによる新しいアクションシーンの創出も見逃せない見どころだ。

 あと単体の映画も滅茶苦茶面白い。是非本編の15話「警察官の仕事」位まで観てから鑑賞してみてほしい。

 

 

■理想的なクロスオーバー!魂を継ぐ!

というわけで大分ルパパト派として鑑賞してきたわけだが…大満足…非常に大満足だった…。「ルパパトの魂を継ぐリュウソウジャー」の物語を60分弱でほぼ完全にやりきっていたと思う。ルパパトのメイン脚本家にしてエモさ神の香村純子さんが手掛けているからだろうか。

 

あらすじを引用すると…

ギャングラーの残党“ガニマ”により、ティラミーゴたち騎士竜が、金庫に閉じ込められてしまった!。騎士竜を助け出すために、ガニマと戦うリュウソウジャーたち。しかし、金庫に囚われた騎士竜の力を発動したガニマのパワーに圧倒されてしまう。ガニマを追うバンバとトワの前に現れる国際警察の圭一郎。戦いで傷ついたコウに快盗として協力する魁利。囚われた騎士竜たちに危機が迫る中、期せずして出会うことになった3大スーパー戦隊。この冬、騎士・快盗・警察が入り乱れる熱くクールなバトルを見逃すな!

https://www.toei.co.jp/movie/details/1215760_951.html

前作の残党と現行の敵組織が協力し強くなったのでこっちもチームアップだ!という、オーレンジャーVSカクレンジャーから連綿と続く王道のあらすじである。マンネリと言ってもいいが、要は強力な型の中でどう撮り直すか?どんな物語を語るかというのがこのシリーズの面白さなのだ。

 

超力戦隊オーレンジャー オーレVSカクレンジャー

VS第一作。このムキムキのイラストが堪らない!!!

ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー

本当の第一作はこれだろ!という声に応えて。

 

今作での語り方は前述した通り「ルパパトの魂を継ぐリュウソウジャー」だ。

リュウソウジャーは地球を守る使命を持った一族であり警察側に近い立ち位置であるが、そんな彼らの仲間がギャンブラーに囚われたことで「地球の平和か仲間の命か」という選択を迫られる。怪盗警察両方の立場を兼ねることになるので、ルパパトの基本プロットである「お宝を取り戻した上で倒す」をなぞることになる。つまり、彼らが巡った葛藤をリュウソウも経験することになるのだ。

 

地球を守るためには敵を倒さないといけないが、倒すと囚われた味方の騎士竜も死んでしまう…怪盗達からは「正しさの為に望みを捨てるのか?」という問いを受け、警察側からは「貫くべき本当の正しさは何のか?」の体現を見せられることで、リュウソウジャーは正しさを超えた自分なりの騎士道…助ける方法が見つかるまで何度でも立ち向かい守り続ける道を見つける。

ルパパトが築き上げてきた強固な葛藤ドラマを利用しリュウソウジャーならではのヒーロー論を展開したわけだ。できるわけないとかしょうがないじゃない!やりたいことも使命も全部やるんだよ!!!!という啖呵切りには、やはり、泣いてしまう。困難な障害も何もかも把握したうえで、それでもやるんだ、理想を目指すんだという心意気を銀幕で観ると、やはり、泣いてしまう。

 

 

■ルパパトの続編である

泣いた泣いたと書いたが、この「泣き」は如何にして導き出されたのか?勿論リュウソウジャーの決意もあるが、何よりもルパパト続編としてのドラマ要素の積み重ねによるものが大きい。今作は紛れもなく、ルパパトのその後なのだ。

まず怪盗側ルパン側の物悲しいその後にやられた。TV本編終了後なので各々大切な人を取り戻しているはずなのに、一切出てこない…透真は婚約者と距離を置き、初美花は友人が描いた漫画を買うのみ、魁利に至ってはお兄さんの話すらあまり出ない…3人全員寂しさと影を持った表情をしており、幸せ満開の生活でないことが伺える。ううう…。

 

快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー公式完全読本 (ホビージャパンMOOK 937)

 

対して警察パト側は、揺るがぬ決意を持ち仕事に取り組む毎日を送っている様。市民を守る盾となること、つまり戦隊メンバーも守ることに一切の迷いがない圭一郎はいつも通り(だからこそ泣く)。警察において一番若手の咲也は「警察官の仕事」で見せた警察官としての誇りを更に高めていた。リュウソウジャーの中でもアウトローよりのトワとバンバも、警察二人の正義の魂に感銘を受けていたと思う。

そうなんだよ…パトレンジャーは現実世界において大人が実践できるであろう正義の味方像をとことん考え抜き、適切な距離感を保ち押し付けることなく描いているからこそ素晴らしいんだよ…!!そこに仕事魂も加わるから、より現実的なカッコよさが増すわけ。パトレンジャーを観て警察官を目指したり、誰かを守り救う仕事を目指す子供たちが必ずいるだろう。それだけ、パトレンジャーのヒーロー観は人の胸をうつのだ。変わらない姿を映す続編の素晴らしさよ…。

 

玩具成績は振るわなかったらしいが、デカいオモチャは最高なのだ。

 

他にも本編エピソードを連想させる小ネタの数々や一瞬ながら気の利いた台詞の数々など、とにかく細かいところまで続編であることを意識させる要素がてんこ盛り。なので今作はルパパトファン必見だ!!!

 

■キラメイジャーは…

さて、続いては同時上映のキラメイジャーエピソードゼロの話を書きたいところだが…正直何故付けたのか分からない程内容が薄い!世界観やキャラ紹介などやることは多いのにテンポがやたらと遅く見せ場も少ない。これに30分近くかけるならいつも通り60分位にして特別料金上映にすればよかったのに…いや、そうしないための同時上映なのか?

しかし、キラメイジャーにおけるレギュラー芸人枠、古坂大魔王のコメディアンっぷりを堪能できたのは良かった。常にVRゴーグルを付けさせられているのはどうかと思うが、恐らくアドリブであろう台詞の数々が滑っていない。透明人間かな?には思わず吹き出してしまったし、唯一の大人として頼りがいある雰囲気も出ていたと思う。単純にガタイが無茶苦茶いいってのもあるだろうが…(笑)。とにもかくにも本編を観てからだな!!でも今の時代に女性だけホットパンツの制服ってのはどうなんだろうな…。

(杉田王の顛末やピンクの天然女王様キャラ等、結構Mっ気を感じるのが心配だぜ…)

www.tv-asahi.co.jp

 

 

■高度なリテラシーが要求されるプリキュアコラボ

今回誰もが驚愕した、戦隊×プリキュアのコラボ。ポスターに掲載されたのを見た時は正気を疑ったが、実際観てみると更に狂気の沙汰というか…観客に結構なリテラシーが要求されるカオスな内容だった。

 

エピソードゼロ終了後、キラメイレッドがいつもの屋上にて「先輩を紹介するぜ!」と言うと、突如キュアスターが登場!プリキュアが何のかという説明を全くせず、何故キュアスターを先輩と呼ぶのかも説明せず、いきなり思い出作りと称してスタートゥインクルプリキュアの後期ED「教えて...!トゥインクル☆」の映像が流れ始める!!しかもその中にキラメイジャーが現れる!!!

 

www.youtube.com

 

スーパー戦隊の映画を見に来たはずなのにいきなりプリキュアのアニメが始まるという流れに脳味噌が追い付かない。キュアスターは紹介されたもののその他4人は名前も呼ばれないので初見の人は謎に思うだろうが、そんなことはお構いなしで進む。

しかしTwitterを見ると劇場の子供達は結構盛り上がってるらしい…ヒーロー好きの女児、プリキュア好きな男子が各々の好みをオープンにしやすい流れが来ているのなら素晴らしいことだが、とにかく展開と映像が新次元過ぎて本当に追い付けない。説明してくれ…!!!

 

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トリミングの関係か知らないが、字幕が画面下ギリギリの位置になってるのも気になって脳味噌がパンク寸前

 

映像が終わると「もっといいこと閃いたぜ!!!」と言い放ち、リュウソウレッド達が登場!そしてリュウソウEDのケボーンダンスを一緒に踊ることに!!キラやば~~☆

ルパパト、リュウソウ、キラメイジャーが一堂に会する壮観な画面のど真ん中に、スーパー戦隊映画のEDのはずなのに、センター手前にいるのは何とプリキュア達!!!しかも先ほどのキュアスター+4人に加えて、新しく2人追加されているではないか!!一切の説明も無しに!!!!!!

 

つまりこのEDを楽しむには

プリキュアを知っている

スーパー戦隊プリキュアは同じニチアサ群であると分かる

・スタートゥインクルプリキュアの面々を知っている

HUGっと!プリキュア、ヒーリングっど♥プリキュアを知っている

・この映画でダンスコラボしていることを知っている

等々様々な事前知識が必要不可欠なわけだが、キッズ達にとってこれらは常識であるという判断なのだろうか…。いやそれにしても本当に脈絡なくぶち込まれたコラボだった…是非来年もやって欲しいし、何なら夏映画で戦隊×ライダー×プリキュアでそろい踏みして欲しいし、秋のプリキュアオールスターズにスーパー戦隊が登場してもいいよ!

 

 

■〆

やたら長くなったのでここらで〆。

リュパパトだけ散々褒めたが、ルパンソウルの塗装が酷かったりドラマと戦闘シーンの緊張感が全く合ってなかったりやっぱりご都合主義だなと思う展開があったりと、微妙なところもある。しかしそれらが気にならない程(慣れてるとも言うが)面白かった。

エピソードゼロ形式は課題もあるが、プリキュアコラボ含めニチアサという枠内でまだんだ新しいことが出来ることを示してくれた、歴史的な一作であることは間違いないだろう。是非、観て欲しい!

映画:スリー・ビルボード ~人は成長できる~

こんにちは。光光太郎です。

 

今回感想を書いていくのは、いきなり大雪が降ってビビりながらもTSUTAYAに行って借りてきた、2017年公開の名作

 

スリー・ビルボード

 

ネタバレ無しで観た方がいいです。

スリー・ビルボード (字幕版)

 

■雑感

各映画賞で軒並みの高評価、一時期には「真犯人だれなんだよブログ」でも盛り上がった本作をレンタルで観てみると…物凄く面白い!これを映画館で観なかったのは失敗だったなぁ…。

 

とにもかくにもシンプル。どんな映画かと言われれば「人が成長する話だよ」と答えるだろう。本当にそれだけの話だ。事件は解決しないし、劇中起こった問題はどれもこれも社会的解決はしない。しかし、登場人物達は確実に成長し前を向くことが出来るようになる。

憎しみで始まった物語は、主人公のミルドレッドとディクソンが車で笑い合う場面で幕を閉じる。劇的な終幕はなく、笑い合うだけ…ここに人間の崇高さ、目指すべき良きこと、人間賛歌の全てが込められている。

 

■正義と悪の袋小路

とかくフィクションでは分かりやすいカタルシスを求めがちだ。悪役を倒す、真犯人を捕まえる、策略家に一泡吹かす、ムカつく上司に一発かます…だが現実はそうもいかない。「分かりやすい悪」なんてのは目の前にいないし、いたとしても自分が都合よく「悪」に仕立て上げているだけかもしれないのだ。

 

自分を正義に誰かを悪に見立てて行う戦いほど、気分の良いものは無い。自分一人にとっては実に有意義だろうが、周囲の声を無視しているだけであり、単なる八つ当たりに終わることが殆どだ。その戦いによって誰かが傷つけば、また「正義の執行者」が現れる。問題は解決せず隠れた悪には一切近づけず、新しい正義と悪の戦いが巻き起こるだけ…袋小路だ。

 

【Amazon.co.jp限定】スリー・ビルボード ブルーレイ版スチールブック仕様 [Blu-ray]

 

■立ち向かうはヒューマニズム

何が原因で起こったのかすら分からなくなるほどの「戦い」の連鎖を止める方法は何か?劇中で最初に「悪」とされる警察署長のビルは「愛」だと記す。思いやる心、優しさで立ち向かうしか術はない。人種差別主義者で暴力家だったディクソンは、心から尊敬するビルの手紙によって、彼の魂を継承した。人は人との出会いによって、どんな状況からでも変わることが出来るのだ。

 

ミルドレッドもまた、連鎖を止める方法を見つけ出す。自らの聖戦が全くの勘違いであったことに気付いた彼女は更なる復讐の手を止めて、敢えて目の前の「悪」の未来を祝福する。ぶち殺せば気が晴れるかもしれないが、彼の恋人は悲しむしもしかしたら元凶でないかもしれない…そんな思いがよぎったのだろう。なんにせよ、彼女は今この場での私刑を止めた。自らの行いを反省し、憎しみの連鎖を止めたのだ。

 

そして最後、前述した車内のシーンにおいてミルドレッドはディクソンに謝罪する。ディクソンは「分かっていたさ」と笑い飛ばし、ミルドレッドも微笑む。序盤では憎しみ合っていた、すぐに暴力を振るっていた二人がだ。人は成長し変わることが出来る。それこそが、現実のどうしようもない悲劇に我々個人が立ち向かえる唯一の希望なのである。

 

bright-tarou.hatenablog.com

 人は成長できる、をテーマにした大傑作アニメ。かなり辛く重いが一見の価値は間違いなくある。

 

■看板のモチーフ

タイトルにもなっている「看板」…つまり看板広告だが、正に今作のモチーフにピッタリだと思う。近年広告の内容に対して様々な視点から批判が飛び大きな問題になることが増えている。広告はただ単に文字や絵を表示しているだけなのに、そこから多様なメッセージを受け取ってしまうのが人間だ。事実は関係なく表現それ自体が問題であるとして、自らを善にし広告を悪として意見を言い合い罵り合い、それを火種にまた別問題で盛り上がる…SNSで何度となく見ている光景だろう。「スリー・ビルボード」そのものではないか!何が問題なのか、自分は何をすべきなのか、落ち着いて考えないと明日は我が身だ…。

 

■〆

さてそろそろ〆だ。

重いサスペンス、苦しいミステリーなんでしょ?なんかよく分からない理由で盛り上がってるし難しそうだし観ないようにしよ…と思っていた自分を殴り飛ばしたくなる程の名作。物凄くシンプルな筋立てで、こんなにも豊かな感情を想起させて、それでいて終わり方が鮮やかでメッセージもドっ直球なヒューマニズムって、そんなの好きになるに決まってるじゃないですか。観た後間違いなく人との接し方が変わる1本。最高でした。

 

www.youtube.com

映画:前田建設ファンタジー営業部 ~顧客舐めんな!!!~

こんにちは。光光太郎です。

 

1月がキングクリムゾンされた本ブログですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今回感想を書いていきたい映画は我らが高杉真宙主演の最新作

 

前田建設ファンタジー営業部

 

原作は前田建設工業によるWeb連載で、これらは書籍化もされている。それの舞台化をベースに映画化したのが今作だ。

 

前田建設ファンタジー営業部1 「マジンガーZ」地下格納庫編 (幻冬舎文庫)

前田建設ファンタジー営業部からは3冊の本が出版されているが、1巻以外は結構な高値に…。

 

 

 

 

空想科学読本との違い

映画のあらすじは、光子力研究所所長の弓教授からマジンガーZ格納庫製作の依頼をされたら?と仮定して前田建設のノウハウ総動員して本気で設計&見積&工期計画まで行ってやるぜ!!!!!というもの。自社技術のPRによって落ち目になってきた前田建設を盛り上げよう!というのが営業部設立の目的になっているが、実際には建設業界全体のイメージアップを狙って行われた企画である。

 

こう聞いてすぐさま思い浮かぶのは空想科学読本ではないだろうか?

ロボットや怪獣、ヒーロー達が当たり前に行っていることを現実世界の物理法則で考えていくという内容であり、学校の図書館に置いてあった人も多いのでは。しかし前田建設空想科学読本とでは空想世界へのアプローチが全く異なる。後者ではフィクション描写を「如何にあり得ないことか」を示すことに重きを置いているのに対して、前者は空想世界=発注者と見立てて「(フィクション描写=無茶苦茶な要求を)どう実現するか」が目的になっている。発注者を裏切ることは出来ない!という熱い仕事魂と「技術をこう応用すれば可能なのではないか?」という現実の技術へのワクワク感がベースになっている。

どちらも空想世界を知識と技術で思考実験するという方法は共通だが、純粋な研究者視点とお仕事視点とで作風が明確に異なっているのだろう。

 

web.kusokagaku.co.jp

 

■お仕事モノとは?

そう、今作は単に「マジンガーZの格納庫作りのシミュレーションをしようぜ!」という話ではなく、あくまでも現実に即したお仕事としてどう実現させるか?また広報企画として如何に成功させるかという「お仕事モノ」になっている。

 

原作未読なのだがWeb連載のグランツーリスモの回を読んでも思考実験と会話のユーモアが中心なので、お仕事モノ要素は恐らくベースとなった舞台版から盛り込まれたものなのではないだろうか。

 

「新入社員の成長」「お客や会社に翻弄されつつ頑張るサラリーマン」「業界の内幕やあるある」「技術紹介」「内部抗争」「上司をぶっ殺す」など、ドラマや知識要素始めお仕事モノの魅力は多々あるが、最も胸をうつのは「仕事に誇りを持ち顧客の為に努力していくドラマ」だと思う(ブチ殺しが良い時もあるよ!)。「プロジェクトX」なんか正にこれだろう。辛いこともいっぱいあるけど、この仕事を待っているお客さんの為に徹底的にやってやるぜ!という姿に、現実でも働いている我々は大いに勇気づけられるわけで…。

 

プロジェクトX 挑戦者たち 通勤ラッシュを退治せよ ~世界初・自動改札機誕生~ [DVD]

プロジェクトXで好きな回。

 

■映画観客を舐めるな

それでは、この映画はお客さん=映画を観に来た人をしっかり意識して作られているのだろうか?ハッキリ言って否だ。この映画を楽しみに来ている人は誰なのか?彼らを満足させる内容は何なのか?これらに向き合っているとは到底思えない。いや、環境面では向き合っただろうが、演出が全てを台無しにしている。今時こんな邦画があるのかと驚くほどの時代退行ぶりに失神しかけた。

 

実話の映画化をするにあたっての外堀の埋め方は素晴らしいと思う。2003年当時を再現した小道具の数々やロケ地、前田建設の全面協力等により映像の説得力はある。あんな薄いディスプレイあるか?マジンガーZのBOXって2003年からあのデザインだっけ?と鑑賞中は疑問に思ったが、後に調べてみると全部その通りだったのだ…。更には、掘削やダム内部の実物を大画面で観たことによる「実物の迫力」のなんと最高なことか!高杉真宙や六角精児の、恐らくアドリブであろう素の驚嘆がカメラに納められているのも堪らない。

また脚本も良い。最初こそコメディ調で始まるものの、新入社員が「仕事」に打ち込んできた人々と出会い自らも熱意を持ち始める物語になっているし、想定であったとしてもお客さまを蔑ろには出来ない!何故ならそれが俺たちの仕事だからだ!という姿勢はサブキャラに至るまで徹底されている。中盤における競合他社の協力展開は泣いてしまった。熱い仕事魂があるからだ。

 

こういった姿勢は全力で評価するし映画観客が求めるリアリティやドラマへの欲求も満たしていると思う。が、それらを帳消しにするほど、演出と演技が酷すぎる…。ポリコレに引っかかるんじゃないかと思うくらいにデフォルメされきった登場人物達、リアリティのかけらも無い大仰&大声演技の数々、絶対にあり得ない会話の数々、活かされないアドリブ…真面目に観に来た観客を即退場させる破壊力だ。真面目にドラマを語る気が無い。パンフレットなどで「熱演」と書かれていたが…大声張り上げて変顔して妙な所作するのが「熱演」なのか?

 

トリガール!

英勉監督作で唯一観ていたのがこれ。芸能人の使い方とかドイヒーだったが、これはメインターゲットをしっかり見据えた演出がなされていたと思う。

 

何故こんなことになるのかと言えば、どんな観客が来るかを想定せずに演出しているからではないだろうか。120分じっと観てられない子供達に向けて作っているならあのテンションも分かるが、原作も扱っているテーマもマジンガーZもどう考えても幼稚園児~小学校低学年がメインターゲットではない。

 

マジンガーZの格納庫を本当に作ったらどうなるか?」という文言に惹かれる人達こそがメインターゲットなんじゃないのか?リアルタイム世代の結構な年配、再放送などを観ていた中年世代、スパロボ等でマジンガーZを知っている若年層…ここら辺が想定出来ると思うが、この層があの演出を望んでいると本気で思っていたのか…!?100歩譲って若年層だろうが、スパロボやってるやつはまず間違いなくオタクだし絶対怪獣も好きなので「シン・ゴジラ」観てると思うぞ!いや別に層関係なく「シン・ゴジラ」という究極の「日本的なお仕事映画」が超絶大ヒットした後にこういうおちゃらけた方向性で「お仕事」を映画で描くのか…!?

 

そのおちゃらけこそが俺の作家性なのだ!これを貫くのだ!という姿勢も映画監督には必要だし、それをこそ求めて来る観客もいるにはいるだろう。しかしそれは作り手視点の論であって、顧客視点ではない。物語が何度も何度も「顧客」を引き合いに出しているにも関わらず、演出担当達は「顧客」を舐め切っている。脚本が示したテーマを現場が台無しにした稀有な例をみた…。あんなOPにして「アベンジャーズオマージュww」とか言う前に、お仕事しろよ!

 

マジンガーZを舐めるな

舐め切っていると言えばマジンガーZもそうだ。

超合金魂 マジンガーZ GX-70 マジンガーZ D.C.(ダイナミッククラシックス)  約170mm ABS&ダイキャスト&PVC製 塗装済み可動フィギュア

これも最初に良い面を言っておくと、どうしたってマジンガーZの映像が大スクリーンに映ると感動してしまう。OPだけでなく様々な回が参考資料としてバンバン出てくるし、原作やアニメにおける設定違いも隠し玉も全部含めて「発注者の希望」にしてるのも良かった。新規作画もまぁ…時系列滅茶苦茶だけどいいチャレンジなのではないだろうか。(格納庫破壊されたから新しく作って、という受注なら問題なしか)

先ほど「熱演」をdisりまくったが、登場人物達がマジンガーZについて過剰に語るシーンは全部良かった!グシオスβⅢ!!!!!!!!

 

第34話 紅い稲妻・空飛ぶマジンガー

 

しかし、俺の怒りを爆発させたのは終盤、設計が終わった格納庫のイメージシーンだ。出来上がった格納庫にそびえたつマジンガーZ!CGで描かれたその姿が映った瞬間、思わずずっこけた。買ったばかりの超合金をそのままでっかくしたような質感と光の映り込みだったからだ!

 

スーパーロボット超合金 マジンガーZ アイアンカッターEDITION 約135mm ダイキャスト&ABS&PVC製 塗装済み可動フィギュア

 

本当にまんまこの質感と光の映り込みで映る。いやいやいや、超合金は玩具サイズだからこその光の映り込みであって、これを18mサイズで、格納庫でやったら絶対にこうはならないだろ。どっから光当ててんだよ!!!

 

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一応劇中にもテカテカしてる様子はあるけど…でもこれをそのまんまCGに置き換えたら不自然なんだよ!!そもそもアニメのマジンガーZってのはテカテカしてるよりも汚しが目立っていたじゃないか!!台詞でも「一番有名なOP準拠で」って言ってんだからさ!!

 


マジンガー Z OP

 

一番落胆したのは質感表現だ。ツルッツル。ツルッツルなのだ。ルストハリケーン発射口辺りが少しマットになっていたものの、それ以外は鉄とも思えない様なツルツルぶり。超合金Zの質感は絶対にあんなんじゃない。

 

質感にしろ光にしろ、巨大ロボットが本当に存在しているように見せる演出がなされていないのだ。「マジンガーZ infinity」観たか?「パシフィック・リム」観たか?「ブレイブストーム」観たか?鉄人28号のCMは?そもそも実物大ガンダム見たことあるか?そもそも巨大ロボットへの愛着はあるのか?

あとハッキリ言って造形もカッコ悪かったぞなんざあのデカい手と歪んだ顔は。

 


『劇場版 マジンガーZ / INFINITY』予告編1


映画『パシフィック・リム』本予告 杉田智和吹替え版


【予告編#1】BRAVE STORM ブレイブストーム (2017) - 大東駿介,渡部秀,山本千尋


いいなCM NTT docomo for PC 鉄人28号 Gigantor 夕輝壽太 北村有起哉


【ガンダム】1/1ガンダムの軌跡 【ガンダムフロント東京】

 

正直言えば、サイズは人間並だが「マジンガー課長」の方が質感も造形も頑張っていたぞ!!!


「マジンガー課長 ~セカンドライフへ、マジンゴー!~」

 

あんな中途半端なマジンガーZなら引っ込めておいて、精巧で素晴らしい格納庫模型をもっと推してほしかったぞ!!!!!!!!巨大ロボ、そして格納庫ロマンを蔑ろにするな!!!!!!!

 

 

■〆

散々言ってきたが、エンドクレジットの作り込みだけは諸手を挙げて絶賛したい!エンドクレジットを工夫している映画はそれだけで好きになってしまう。「トレインミッション」も素晴らしかった…。

決して見やすくはないのだが、手帳やカレンダー、メモ帳など仕事に纏わる小物たちにスタッフの名前がどんどん載っていくのは可愛いし気持ちのいい動きでずっと観てしまう。気志團の曲も良い…。

 

さて、そろそろ〆たい。「前田建設ファンタジー営業部」は環境リアリティの追求、原作にお仕事モノの要素を強くプラスした脚本は素晴らしいものの、狂気の時代遅れ演出によって全てが瓦解してしまった哀しい映画だったと言わざるを得ない…。原作を買って読んでみたい、Web連載を読んでみたいと思わせる力はあったぜ!

 


映画『前田建設ファンタジー営業部』 予告