映画:舞台恐怖症 ~演じて騙して裏切られて~
引き続きヒッチコックエンタ映画を観進めているのだが、彼は本当に「濡れ衣を着せられた者の話」が好きだなぁ。観客が主人公達に感情移入しやすい、応援しやすい、映画にのめり込みやすいプロットだと確信していたんだろうか。
そんなわけで今回感想を書いていくのは
舞台恐怖症
だ。例に漏れず原作付きの映画でありながら、どう観てもヒッチ流サスペンスなのだから面白い。
作品情報
公開年:1950年
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ホイットフィールド・クック
アルマ・レヴィル(ヒッチコックの奥さん)
原作:セルウィン・ジェプソン
製作:アルフレッド・ヒッチコック
出演者:ジェーン・ワイマン (イヴ)
マレーネ・ディートリヒ (シャーロット)
マイケル・ワイルディング (スミス)
リチャード・トッド (クーパー)
音楽:レイトン・ルーカス
撮影:ウィルキー・クーパー
編集:エドワード・B・ジャーヴィス
雑感
アンフェアな話運びと終盤の展開で世間的評価は落ち気味な今作であるが、なかなかどうして、面白い。罪を着せられた者の逃走劇、身分を隠してのハラハラ真相究明、満を持しての最終対決まで盛り上がりは持続するし、映像トリックもモリモリで「どうやって撮ったんだ!?」と驚かせてくれる。こういったいつも通りのヒッチコック節に加えて、舞台女優達を題材にした演技サスペンスを肝にしたり、チームもの的要素もあったりと新しいものをしっかり見せてくれるので、やはり楽しい。
演技を武器にして進むミステリー
今作はサスペンスというよりも、真相究明を第一にしたミステリーだ。
大女優シャーロットから殺人の罪を着せられた恋人クーパーの無罪を証明するために、女優の卵であるイヴは世話係としてシャーロット邸に潜り込む。イヴは弱弱しい女性から気が利く世話係まで、様々な役を演じて騙し徐々に情報を手に入れていくことに。シャーロットは勿論、紳士な刑事スミス、交渉して入れ代わった世話係にも正体がバレてはいけない…。バレるかバレないかサスペンスであり、探偵ミステリーのようでもあるのが面白い。
最後の最後でキーになるのも演技力だ。稀代の大女優でありシラを切り通してきた女傑であるシャーロットを相手に、ペーペーの新米であるイヴが演技で立ち向かうという構図は燃える。実際は演技よりも小道具がキーになっているのだが…(笑)。
信用できない語り手
演じるということは嘘をつくことであるが、登場人物が嘘をつき人を欺きまくっている今作は正に演者映画だと言えるかもしれない。そして一番最初に嘘をつくのは、冒頭で初めて状況を説明してくれる、間違われた男ことクーパーだ。ここにこそ、今作の大きな仕掛けにして問題点がある。
実は、クーパーは本当に人を殺していて、あんなにも怪しいと思っていたシャーロットの主張が正しかった。冒頭のフラッシュ・バックは全部嘘だったのだ!
先ほど今作はミステリーであると書いたが、示される前提が真っ赤な嘘、ミスリードなので厳密にはミステリーでないかもしれない。しかし、これはこれで「信用できない語り手もの」としてのショックを与えてくれる。自分が愛した男は殺人者であり、狂人であり、自分を騙して、あまつさえ今自分を殺そうとしている!!!!目線に強烈な光が当たる演出と相まって、突きつけられる真実とこれまで信じてきたものが崩壊するショック!!!!!また、イヴへの光の演出は目を強調することによるショック表現だが、クーパーへの光は「狂人への変身」に見えるのが堪らない。
惜しむらくは、種明かしの全てがセリフだけで済まされてしまうので若干混乱してしまうことと、冒頭のフラッシュ・バックがミスリード以外の物語的意味を持っていないことだろう。後者はともかく、前者は結構きつかった。何度も巻き戻して会話を聞いてやっと理解できたかな…(笑)。
映像ギミック
ヒッチコック作品では大胆なカメラワークや特撮が見どころでもある。今回特筆したいのは冒頭で炸裂する、非常に地味な、それでいて大胆なギミックだ。
一つ目は、シャーロット邸に入るクーパーを追うカメラワーク。遠くからクーパーの背中を撮り、徐々にクローズアップ。扉を開けて閉めて階段に上り2階へ上がるまでを1カットで撮影している。手持ちカメラが普及した今では珍しくないが、1950年代の映画撮影用カメラはまだまだ巨大だったはずだし、大掛かりなカメラワーク用セットにするにしても家の外観がしっかり作ってあるしで…度肝を抜かれた。物語としても侵入から探索までをカット無しで追っているので緊張感もある。
二つ目は、クーパーとシャーロットが話す場面。画面奥ではクーパーが窓際に立ち、手前ではシャーロットが髪をセットしている。何気ない場面だが、シャーロットの姿の縁に白線が見えるので恐らく合成しているのだろう。次の場面、クーパーがシャーロットに近づくところでは合成の線が無くなっている。時間にして数秒、別に大したことない場面で何故合成を使ったのかは分からないが、シャーロットにもクーパーにもピントが合っているのでどこか緊張感のある画になっている。こけおどしにも全力で技術を使うのがヒッチコックらしい。
他にも、色んな服に血のシミを浮き出したり、ミニチュアっぽい湖畔の家が登場したりと、様々なギミックがてんこ盛りだ。第一、本当かと思ったら嘘だった、演技かと思ったらホントだったという今作のお話そのものが超小手先のギミックだと言えるだろう。
〆
さて、そろそろ結びといこう。
他のヒッチコック作品に比べ、安心して楽しく観られるエンタメ作品であると思う。イヴのお父さんがみせるコミカルな演技もしたたかな知略家ぶりも楽しい。ヒッチコック作品を色々観た後に観るのがおススメです。