映画:「アベンジャーズ/エンドゲーム」についてヒナタカさんと話したよ+補足つらつら
こんにちは。光光太郎です。
去る4月26日、遂に全世界待望の作品
アベンジャーズ/エンドゲーム
が公開された!!
寒雨の中自転車に乗り、朝一発目の回で観ました。TOHOシネマズ仙台6番シアターはほぼ満員。
…まぁネタバレ無しではこれ位しか話せないわけです。なんせ友人からも「肯定にせよ否定にせよ、感想を言いやがったら絶交する」と言われるほど、MCU好きのエンドゲームへの思いは強いのですから。
しかし!これを観て何も話さないというのは健康に害を及ぼすので、インフィニティウォーから引き続き、映画ライターのヒナタカさんとお話させて頂きました。
ってなわけで、ここからはネタバレ有りの話をバンバンしていくぜ!!!!
てか観てない人はこんな記事読む前に早く観に行ってくれ!有給でも取って!!!!
因みにインフィニティウォーの話はこちらで。
いやほんと、お声がけしてもらわなければ悶々として死んでいたかもしれん。
■エンドゲームに纏わるツイート
こんなの観たことないぜ…明日の東宝仙台は戦争じゃ…。 pic.twitter.com/p7MFKyc8eL
— 光光太郎 (@bright_tarou) 2019年4月25日
東宝仙台にアベンジャーズ参戦! pic.twitter.com/5huPiRLtTZ
— 光光太郎 (@bright_tarou) 2019年4月26日
写真撮らせてください!と頼んだらむしろ貸すよと言われ…! pic.twitter.com/KL9Gew1KOH
— 光光太郎 (@bright_tarou) 2019年4月26日
TOHOシネマズ仙台、MC好き達が渦巻いてとんでもなく「尊い」空間が生まれている。
— 光光太郎 (@bright_tarou) 2019年4月26日
エンドゲーム吹替、最高だった。宮迫博之、あんたすげぇよ。
— 光光太郎 (@bright_tarou) 2019年4月26日
■「アベンジャーズ」の意味を変えたMCU
MCUは「アベンジャーズ」という言葉を作った。全世界共通の、MCUを観た人なら誰もが分かる概念を言葉にしてくれた。
— 光光太郎 (@bright_tarou) 2019年4月26日
Avengersの「Avenge」とは本来、復讐するとか仇を討つという意味。なのでアベンジャーズは「復讐者たち」となるはず。
しかしMCUは数々の映画によって、アベンジャーズ=ヒーローチームという意味を世界中に根付かせました。また、映画「アベンジャーズ」の中で印象的なチームアップシーンを引き合いにし、集合場面を指してアベンジャーズとする用法も一般的になってきたと思います。これはJAWS=サメ、ALIEN=宇宙生命体という、単語の持つ意味を映画が変えてしまった前例に匹敵するでしょう。
エンドゲームは、更に意味を書き換えました。あの大集合シーン、そして満を持しての台詞により、アベンジャーズ=団結する人々へと発展させたのです。特別なヒーローが集う集団がアベンジャーズなのではなく、団結し立ち向かう者達全てがアベンジャーズなのだと。人種も生まれも性別も年齢も関係なく、団結する者が。
これは「エイジオブウルトロン」でもホークアイによって示されたことですが、エンドゲームではそれを全宇宙規模でやっているので、より強調されています。
MCUという神話の意義深さを象徴する言葉が、アベンジャーズなのです。
■変化と絶対、現代アメリカの神話
エンドゲームで象徴的に、繰り返し示されるのは「変化するヒーロー達」と「唯一絶対を自称するサノス」です。これはインフィニティウォーでも何度も提示された「犠牲を払うかどうか?」によく似た対比構造だと思います。
髭をそるキャップ、髪が地毛に戻りつつあるブラック・ウィドウ、太ったソー、ハルクと融合したバナー博士、そして家庭を持ったトニー…アベンジャーズ側はほぼ全員が劇中で何かしら、身体的にせよ精神的にせよ変化します。MCU11年の歴史を鑑みても同じでしょう。皆全て、善悪関係なく「変化」してきました。
ではサノスはどうなのか?彼は徹頭徹尾、自分の信念を曲げなかった。宇宙の命を公平に半分にすることで、平穏を作る…この夢の成就の為にMCU全作品を通して様々な陰謀を巡らせます。これはエンドゲームでも全く変わりません。絶対の存在だから。インフィニティウォーでは、何を犠牲にしても突き進むサノスに、アベンジャーズ達は同じく犠牲を払うものの負ける。
では、何故今回は勝てたのか?彼自身が作った疑似インフィニティガントレットから、アイアンマンスーツの手にインフィニティストーンを移したから勝てた。恐らく、そういう機能を元から組み込んでいたのだろう。
台詞でも示されている通り、サノスは絶対だから負け、トニーはアイアンマンだからこそ勝てた。アイアンマンはトニーそのもの、自己反省と試行錯誤を繰り返し、他者の為に命を懸ける。変化を決意し変化を受け入れ、変化に挑み続けた彼だからこそ、サノスに勝てたのだ。
いや、勝ったのはトニーだけではない。MCUのヒーロー達は様々な困難にぶつかり、そのたびに変化し乗り越えてきた。時には変化によって対立もした。死別も経験した。でもそれでも、正しいことの為に変わろうとし続けた。この「変化」があればこそ、地球だけでなく銀河中の人々と絆ができ、大集合に繋がったのだと思う。そしてあの掛け声を発するのは、時代に取り残されながらも変化しようともがき続けたキャプテンアメリカ、スティーブ・ロジャースなのだ。
サノスは自分の理想のみを信じ、他者を信じなかった。そこに変化は訪れない。
アベンジャーズ達は過ちを犯しながらも正しさを求めて変化し続けた。団結が生まれた。
独りよがりの独裁者に、宇宙を平和にできるわけがない。
足かけ11年。アメリカの11年間と共に歩き続け、社会を見つめ続けたMCUだから描けた、現代の神話、寓話がここにある。
■映画の黄金期
映画の黄金時代は、新時代の映画黄金時代は、今この時にこそある!!!と確信した1日だった。
— 光光太郎 (@bright_tarou) 2019年4月26日
映画史どころではない、娯楽史に残るアルティメット大作を、そこに連なる作品群をリアルタイムで追ってきたことを、今の時代を生きる映画ファンは大いに誇ってほしい。われわれは正に、映画の黄金時代を目撃しているのだ。
— 光光太郎 (@bright_tarou) 2019年4月26日
映画の歴史は100年以上。その黄金期は20年代とも40年代とも、はたまた60年代、70年代とも言われる。今映画ファンをしていると、映画の黄金期は過ぎ去ったという論調をよく聞くことがあるし、実際そうかもしれない…と思ってしまうこともある。
しかし、エンドゲームを観てそんな考えは吹っ飛んだ。映画の新しい黄金期は、正にこの瞬間なのだと!
11年間絶え間なく作られ続けた映画シリーズがあったか?
その大半が内容的にも興行的にも大ヒットした映画シリーズがあったか?
高尚過ぎず気を衒わずに娯楽に徹し、ヒーロー論を語る映画シリーズがあったか?
現代アメリカ、世界情勢を取り入れつつ多様な物語を展開し続けた映画シリーズがあったか?
これらを成し遂げたのが、マーベル・シネマティック・ユニバースであり、その(一応の)締めくくりとして打ち出されたのがエンドゲームなのだ。この伝説を目撃できていることに、心から感謝したい。